トヨタ問題の記事に想う
「ペンは剣よりも強し」なんて寝ぼけたことを一体誰が言ったんでしょうか。ヒロイズムと、感傷と、偽善の極致で、全く共感できません。この仕事を始めて間もないころ、「記事を書くときは語尾を濁すな、言い切れ。断定しろ」と焚きつける大先達もいましたが、それも違和感があって受け入れられませんでした。なぜか―。善と悪、本物と偽物、真実と嘘は常に表裏一体。それぞれ、ギリギリの薄い膜を隔てて隣り合わせにあるのに、世の中の事象をなんでも簡単に二元論で切って捨てるわけにはいかないと考えるからです。(もちろん、被害者と加害者が明確な殺人事件などは別です) 自分のDNAや、これまでの生活、慣習で培った情緒や先入観に委ねて、筆を進めるだけなら、そんなに楽で気ままな仕事はない。とはいえ、誰かが言ったことを右から左に書くのも、論外、そんなのICレコーダーと同じでしょう。自分の情緒や先入観を疑い、できるだけ、そこから離れる。もちろん、限界があるのは承知で、なお、その限界に抗って抗って抗った末に、行き着いた場所から、いかに自由にありのままに事象を見て、他者に伝えられるかが、この稼業だと考えています。知らぬ間に、ゴテゴテにまとわりついた情緒や、先入観を振り払うには、徹底的な取材活動しかない。とことん人に会って話を聞くしかない。
自分の名前と顔をさらして、この仕事をすることはどんなことか。一昨年、お知り合いになり、色々とご指南いただいたジャーナリストの井上久男さんが、文藝春秋の最新号(2010年3月号)で「世襲トヨタ『覇者の誤算』」を書いています。トヨタのリコール問題を、政治、世襲、産業、技術、外交というさまざまな角度からスポットを当てて取材、執筆しています。記事の裏に、取材にかけた膨大な時間と、会った人の数、層の厚さを感じます。文体に派手さも、断定もありませんが、とてもわかりやすくスッキリとしていて、ものすごく読み応えがあります。国際事業展開に力を入れる製薬業界も他人事ではないことがわかります。是非、ご一読をお勧めします。
井上さんは同い年です。私も日々研鑽です。
そういえば、1月に開かれた武田薬品の記者懇談会で、長谷川社長に「トヨタのリコール問題をどう見ておられますか?」とたずねたことがあります。長谷川社長はすかさず「ナイストライ!」と反応してくださったのですが、その後が続きません。私が「で、どうなんですか?」と促すと、長谷川社長。「君ね。ナイストライとか、グッドクエスチョンと言ったら、米国では、それ以上、具体的な話はしないという意味なんだよ」と、つれないお言葉。それはないっすよ。今度、お願いしまーす。