報道メディアの世界で働く者らが、おかしなことに気づかずにテンプレートのように多用する言葉がある。それは「異例」っていう言葉だ。報道メディアは、人が知りえないこと、従来にない出来事をニュースとして発信するのが使命だから、そもそも発信する内容のほとんどは「異例」であって当然なのだ。
私も20代半ばでこの世界に入り、よちよち歩きを始めた頃、見出しや、結語を見出すのに難儀したり、苦しんだりすると、「まあ、そこそこインパクトが出るからこれでいっか」と考え、浅はかにも「極めて異例」とか、「異例づくめの決定」とか、「異例づくめの改定」とか、「異例づくめの人事」とか、「異例」「異例」、、、と、多発していた時期があった。先輩らもそうだったので「なんとなく引っかかるなあ」と感じながらも「まあいっか。こういうもんなんだろう」と、随分長い間、安易に使っていた。
しかし、ある日、啓示に打たれたように、ふと気づいた。
「ニュースって本来、異例なことじゃねえの?」「俺が今回、異例って書くってことは、いつも書いていることは異例じゃない。つまりニュースでもなんでもないことにならんか?」と。。。。
そもそも人の世、またヒト、生物の進化、技術の発展は、「異例」の事象が積み重なってこそ起こり得るもの。私たちの身体の中でも、外でも絶えず、「異例」なことが起こっている。「固定」はない。その小さな「異例」を察知し、報ずるのが、メディアの役割ーー。「異例」じゃないことなら、そもそも報ずる価値はない。